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北海道いじめ・暴力・ひきこもり治療研究会
 
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講演2−
『人はなぜ”カルト”に囚われてしまうのか?』
北海道大学大学院文学研究科教授
櫻井 義秀

1 「カルト」問題とは何か
 「カルトCULT」とは元来「礼拝・祭祀」を意味したが、新宗教、異端宗教、社会問題化する宗教の順に用法が変わってきた。カルトには、破壊的カルト(destructive cult)、または、社会問題化する集団(controversial group)、或いは極度に統制的な集団(high-control group)という言い方もなされる。カルトは新宗教(new religion)とは別種の概念であり、心理療法、ネットワーキング・ビジネス、政治セクト、小規模宗教団体等、どこにでも発生しうる。
「入る」ことと「出られない」ことの理由は違う
 若者がなぜオウムに入ったのか、カルトにはいるのかという問いが出されてきた。入信動機やきっかけは様々である。一概にマインド・コントロールされて入ったというわけではない。しかし、いったん入ると極めてやめにくい状況に信者はおかれる。このことをマインド・コントロールされた状態と言えなくもない。社会心理学は、社会的影響力の行使からこの問題を考えてきたが、従属的心理を生み出すより根本的な問題があるように思われる。
3 「バウンダリー(境界)」の支配
 境界とは心理的境界の問題として、近年人間関係に悩む人々を支援する際に注目されてきた概念である。カルトの問題とは、この境界を意図的に破壊し、自他の区分をなくし、特定個人や集団にメンバーを従属させていることと考えてもよい。
 身体的境界は尊重されるべきだが、教祖と信者の身体的距離に自覚的でない教団がある。男性教祖・聖職者と女性・子供の信者との間で、信仰的愛情や指導者への忠誠を利用して従属的献身を身体や精神レベルで要求することがある。
 精神的境界とは、自分と他人の人格、精神性において差異と自立を認めることである。カルトでは、信者の精神的自立を認めず、教祖に従順な状態にとどめおき、教祖や教団のアイデンティティに信者の精神性を組み込んでしまう
。  社会的境界は、所属組織と外部社会との差異に自覚的になることであろう。自己の組織を絶対化し、外部社会に存在意義を認めないような妄信が無差別攻撃を生み出す。
4 カルトからの解放と社会復帰
 カルトからの解放とは、破壊された「境界」の回復に他ならない。境界を持つことで、人はアイデンティティと自尊心を得ることができる。社会から宗教コミューンに閉じこもっていた人が社会復帰を果たすまでには幾つものステップがある。その過程は、まだ十分研究されていないし、リハビリのための支援態勢も十分とは言えない。今後、日本でも精神医療・心理療法に関わる専門職の方がこの領域で活躍されることを期待したい。
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